四十八願

【しじゅうはちがん】

全体の解説

四十八願しじゅうはちがんとは、阿弥陀あみだぶつ因位いんに法蔵ほうぞう菩薩ぼさつのときにおこした四十八種の誓願せいがんのこと。阿弥陀仏に固有のがん別願べつがん)である。

四十八願は『仏説ぶっせつ無量寿むりょうじゅきょう』の「正宗分しょうしゅうぶん」に説かれている。この前後の流れについては「法蔵菩薩」の項目を参照のこと。

なお『仏説無量寿経』には四つの異訳いやくが現存しており、それぞれ願の数が異なっている。『だい阿弥陀あみだきょう』『平等びょうどうがくきょう』では二十四願、『荘厳しょうごんきょう』では三十六願、『如来にょらい』では四十八願となっている。

それぞれの願は「説我せつが得仏とくぶつ(たとえわれぶつたらんに)」で始まり、「不取ふしゅ正覺しょうがく(正覚を取らじ)」で終わっている。現代語訳すると「わたしがぶつになるとき、~なら、わたしは決してさとりをひらきません」となる。つまり(それぞれの願ごとに異なる)特定の願いを実現できないようならば仏にはならないといわれている。願いを成就するという誓いであり、誓願ともいう。

それぞれの願の構造

なお第十八願のみ、後に「唯除五逆ゆいじょごぎゃく誹謗ひほう正法しょうぼう」という文がつく。これを抑止おくしもんという。

さとりをひらいた阿弥陀仏がおられるということは、これらの願が成就し、願文に書かれた願いを満たした浄土が存在するということになる。

四十八願の一覧

次の表に四十八願の一覧を示す。それぞれのがんみょうについては『浄土真宗聖典 -註釈版 第二版-』(P.15-P.24)を参照した。なお、この記事の最後にそれぞれの願の原文(漢文)と書下し文を示している。それぞれの願名の読み方(ふりがな)はそちらを参照のこと。

四十八願の一覧

なお、以後この記事中で触れる願については表中に色をつけておいた。

浄影じょうよう慧遠えおんによる分類

中国の隋代の高僧、浄影じょうよう慧遠えおん大師だいし(523-592)は、四十八願を以下のように分類した。

  • しょう法身ほっしんの願 ... このような仏陀ぶっだとしての徳を完成したいという願。第十二願・第十三願・第十七願が該当する。
  • しょう浄土じょうどの願 ... このような浄土を建立こんりゅうしたいという願。第三十一願・第三十二願が該当する。
  • しょう衆生しゅじょうの願 ... このような利益りやくを与えて衆生しゅじょうを救いたいという願。その他の四十三願が該当する。

それぞれの分類の説明については(『親鸞聖人の教え・問答集』 P.73-74)より引用した。

祖師そしたちの解釈

宗祖しゅうそ親鸞しんらんや祖師たちは四十八願の中心は第十八願であると述べている。

善導ぜんどうの解釈

善導 (613-681) は『観経かんぎょうしょ』「げんぶん」において、

法蔵ほうぞう比丘びくにょう王仏おうぶつみもとにましまして 菩薩ぼさつどうぎょうじたまひしとき、 四十八がんおこしたまへり。一々のがんにのたまはく、 (『浄土真宗聖典 七祖篇 -註釈版-』 P.326 より)

と述べた後に第十八願を(意訳して)引用している。つまり、四十八願のすべてに第十八願の内容が含まれていることを示している。

また、善導は第十八願の中の「乃至ないし十念じゅうねん」という部分を「わが名号を称して(わが名字を称すること)」「しも十念に至るまで(下十しょうに至るまで)」と言い換えている。この言い換えは

  • 『観経疏』(『浄土真宗聖典 七祖篇 -註釈版-』 P.326)
  • 観念かんねん法門ぼうもん』(同じく P.630)
  • 往生おうじょう礼讃らいさん』(同じく P.711)

などに見られる。このことから、第十八願の「十念」が称名しょうみょう念仏であること、称える念仏の回数は問題にならないことが示される。

法然ほうねんの解釈

法然 (1133-1212) は『選択せんじゃく本願ほんがん念仏ねんぶつしゅう』「本願章」で、第十八願について「法蔵菩薩が衆生が浄土に生まれるための行として称名念仏以外の行を選び捨て、称名念仏一行を選び取られた文」と述べている。

そして、名号には阿弥陀仏のあらゆる功徳くどくおさめられているということ、念仏はあらゆる人が実践できる易しい行であることから、称名念仏が最もすぐれた行であると示される。

このことから、最も勝れた行である称名念仏について説かれている第十八願が最も重要ということになる。

また法然は『選択本願念仏集』「特留どくる章」において次のように述べている。

ゆゑにりぬ、四十八がんのなかに、すでに念仏ねんぶつ往生おうじょうがん(第十八願)をもつて 本願ほんがんちゅうおうとなすといふことを。 (『浄土真宗聖典 七祖篇 -註釈版-』 P.1228)

ここでいう「本願」は四十八願すべてのことを指しており、その中でも第十八願が最も大事であるということを述べている。

このように第十八願を中心とする考え方を「一願いちがん建立こんりゅう」と呼ぶ。

親鸞の解釈

五願ごがん開示かいじ

法然の考えをけた親鸞はこれを広げ、第十八願の中身を第十七願・第十八願・第十一願・第十二願・第十三願の五つの願に開いて示した。この考え方を「一願建立」に対し「五願開示」という。

親鸞は第十八願文がんもんの「乃至ないし十念じゅうねん」を行(第十七願)、「至心ししん信楽しんぎょう欲生よくしょうこく」を信(第十八願)、「にゃくしょうじゃ」を証(第十一願)、「しゅ正覚しょうがく」をしん仏土ぶつど(第十二願・第十三願)に対応させた。そして、それぞれの願を『けん浄土じょうど真実しんじつ教行証きょうぎょうしょう文類もんるい』(『教行信証きょうぎょうしんしょう』)の各巻の冒頭(標挙ひょうこもん)にしるした。

第十八願文と五つの願の対応

これにより第十八願文の中で「信」が中心にあることを明らかにした。また、教(『仏説無量寿経』)・行(称名念仏となってはたらく名号)・信(他力信心)・証(さとり)という衆生の往生の因果のすべてが阿弥陀仏の本願力によって回向されたことを明らかにした。

往相おうそう回向えこう還相げんそう回向えこう

親鸞は『教行信証』「教文類きょうもんるい」の冒頭で次のように述べている。

つつしんで浄土じょうど真宗しんしゅうあんずるに、しゅ回向えこうあり。 ひとつには往相おうそうふたつには還相げんそうなり。 往相おうそう回向えこうについて真実しんじつ教行信証きょうぎょうしんしょうあり。 (『浄土真宗聖典 -註釈版 第二版-』 P.135 より)

これは浄土真宗の教義の大綱たいこう(根本的な事柄)を示した重要な文である。ここには往相と還相の二種の回向が示されている。

往相とは衆生が浄土に生まれゆく因果いんがのすがたをいう。これは先に述べた教・行・信・証の四法によって表される。これらが阿弥陀仏の本願力によって回向されることを往相回向という。

還相とは浄土に往生してさとりをひらいたものが、この迷いの世界にかえってきて自在に衆生を教化きょうけするすがたをいう。還相回向とは、阿弥陀仏が衆生にこの還相のはたらきを与えることである。

往相回向は先に述べた真実五願によって説明されている。また、還相回向については第二十二願に述べられている。親鸞は『教行信証』「証文類」で以下のように述べている。

ふたつに還相げんそう回向えこうといふは、すなはちこれ利他りた教化きょうけやくなり。 すなはちこれ必至ひっし補処ふしょがん(第二十二願)よりでたり。 また一生いっしょう補処ふしょがんづく。また還相げんそう回向えこうがんづくべきなり。 (『浄土真宗聖典 -註釈版 第二版-』 P.313 より)

生因しょういん三願さんがんと「浄土じょうど三部経さんぶきょう

摂衆生の願の中でも第十八願・第十九願・第二十願には衆生が浄土に生まれる因が誓われている。これらは生因三願と呼ばれる。

親鸞は第十八願・第十九願・第二十願の内容をそれぞれ開いたものが「浄土三部経」であるとみていった。表面的には『仏説ぶっせつ無量寿むりょうじゅきょう』に第十八願、『仏説ぶっせつかん無量寿むりょうじゅきょう』に第十九願、『仏説ぶっせつ阿弥陀あみだきょう』に第二十願の教えが説かれている(顕説けんぜつ)が、釈尊が真に伝えようとされた内容(隠彰おんしょう)はどれも第十八願の教えであるとした。

親鸞は『教行信証』「化身けしんかん」の標挙の文において、「仏説観無量寿経」を至心ししん発願ほつがんの願(第十九願)、「仏説阿弥陀経」を至心ししん回向えこうの願(第二十願)と対応させて書いた。「化身土巻」ではこの二つの願に基づいた権仮ごんけ方便ほうべんの教えを示している。

成就文じょうじゅもん

成就文とは

経典などにおいて、仏の誓願が成就したことをあらわしている部分の文章のこと。 (『浄土真宗辞典』 P.349 より)

である。『仏説無量寿経』の中には四十八願の内、いくつかの願について成就文が記されている。親鸞は『教行信証』や『浄土じょうど三経さんぎょう往生おうじょう文類もんるい』の中で第十一願、第十二願、第十三願、第十七願、第十八願、第十九願、第二十願、第二十八願の成就文を記している。

個々の願文について

以下に四十八願の原文(漢文)と書下し文を示す。原文は『佛事勤行 佛説淨土三部經』、願名および書下し文は『浄土真宗聖典 -註釈版 第二版-』を参照した(振り仮名は一部省略した)。

なお原文について表示できなかった漢字があるためそれについて補足する。 参考にした経本では、この記事での表記と以下の点が異なる。

  • 「若」「菩」「薩」「蒙」「歡」「莫」「敬」の字は草冠が離れた形になっている。
  • 「繞」「縫」の字は糸偏の下部が点3つになっている。
  • 「即」の字は左半分が「皀」右半分が「卩」という形になっている。
  • 「濯」の字は「ヨヨ」の部分が「羽」になっている。
  • 「猶」の字は右上の「\ /」が「ハ」になっている。

また原文の振り仮名について、「ぶツ」のように「ツ」となっている箇所はここでは「ぶっ」のように「っ」表記にした。

第一願 さん悪趣まくしゅの願

せつとくぶつ國有地獄こくうじごく餓鬼がき畜生ちくしょうしゃしゅしょうがく

(たとひわれぶつたらんに、くに地獄じごく餓鬼がき畜生ちくしょうあらば、しょうがくらじ。)

第二願 きょう悪趣あくしゅの願

せつとくぶつ國中こくちゅう人天にんでん壽終じゅじゅ之後しごきょう三惡道さんまくどうしゃしゅしょうがく

(たとひわれぶつたらんに、国中こくちゅう人天にんでん寿いのちおわりてののちに、また三悪道さんまくどうかえらば、しょうがくらじ。)

第三願 悉皆しつかい金色こんじきの願

せつとくぶつ國中こくちゅう人天にんでんしつしん金色こんじきしゃしゅしょうがく

(たとひわれぶつたらんに、国中こくちゅう人天にんでん、ことごとく真金色しんこんじきならずは、しょうがくらじ。)

第四願 無有むう好醜こうしゅの願

せつとくぶつ國中こくちゅう人天にんでん形色ぎょうしき不同ふどうこうしゅしゃしゅしょうがく

(たとひわれぶつたらんに、国中こくちゅう人天にんでん形式ぎょうしき不同ふどうにして、好醜こうしゅあらば、しょうがくらじ。)

第五願 りょうしき宿命しゅくみょうの願

せつとくぶつ國中こくちゅう人天にんでんしき宿命しゅくみょう下至げし不知ふち百千億ひゃくせんのく那由他なゆたしょこうしゃしゅしょうがく

(たとひわれぶつたらんに、国中こくちゅう人天にんでん宿命しゅくみょうさとらずして、しも百千憶ひゃくせんおく那由多なゆた諸劫しょこうらざるにいたらば、しょうがくらじ。)

第六願 令得りょうとく天眼てんげんの願

せつとくぶつ國中こくちゅう人天にんでん不得ふとく天眼てんげん下至げし不見ふけん百千億ひゃくせんのく那由他なゆたしょぶっこくしゃしゅしょうがく

(たとひわれぶつたらんに、国中こくちゅう人天にんでん天眼てんげんずして、しも百千憶ひゃくせんおく那由多なゆた諸仏しょぶつくにざるにいたらば、しょうがくらじ。)

第七願 てん遥聞ようもんの願

せつとくぶつ國中こくちゅう人天にんでんとくてん下至げしもん百千億ひゃくせんのく那由他なゆた諸佛しょぶつ所説しょせつしつ受持じゅじしゃしゅしょうがく

(たとひわれぶつたらんに、国中こくちゅう人天にんでん天耳てんにずして、しも百千憶ひゃくせんおく那由多なゆた諸仏しょぶつくところをきて、ことごとく受持じゅじせざるにいたらば、しょうがくらじ。)

第八願 しんしっの願

せつとくぶつ國中こくちゅう人天にんでんとくけんしん下至げし不知ふち百千億ひゃくせんのく那由他なゆた諸佛しょぶっ國中こくちゅう衆生しゅじょうしんねんしゃしゅしょうがく

(たとひわれぶつたらんに、国中こくちゅう人天にんでん他心たしんずして、しも百千憶ひゃくせんおく那由多なゆた諸仏しょぶつ国中こくちゅう衆生しゅじょう心念しんねんらざるにいたらば、しょうがくらじ。)

第九願 神足じんそくにょの願

せつとくぶつ國中こくちゅう人天にんでんとくじんそく一念いちねんきょう下至げし不能ふのう超過ちょうか百千億ひゃくせんのく那由他なゆた諸佛しょぶっこくしゃしゅしょうがく

(たとひわれぶつたらんに、国中こくちゅう人天にんでん神足じんそくずして、一念いちねんのあひだにおいて、しも百千憶ひゃくせんおく那由多なゆた諸仏しょぶつくに超過ちょうかすることあたはざるにいたらば、しょうがくらじ。)

第十願 とんしんの願

せつとくぶつ國中こくちゅう人天にんでん若起にゃっきそうねんとんしんしゃしゅしょうがく

(たとひわれぶつたらんに、国中こくちゅう人天にんでん、もし想念そうねんおこして、貪計とんげせば、しょうがくらじ。)

第十一願 ひっめつの願

せつとくぶつ國中こくちゅう人天にんでんじゅ定聚じょうじゅ必至ひっし滅度めつどしゃしゅしょうがく

(たとひわれぶつたらんに、国中こくちゅう人天にんでん定聚じょうじゅじゅうし、かならず滅度めつどいたらずは、しょうがくらじ。)

第十二願 こうみょうりょうの願

せつとくぶつ光明こうみょうのう限量げんりょう下至げし不照ふしょう百千億ひゃくせんのく那由他なゆた諸佛しょぶっ國者こくしゃしゅしょうがく

(たとひわれぶつたらんに、光明こうみょうよく限量げんりょうありて、しも百千憶ひゃくせんおく那由多なゆた諸仏しょぶつくにらさざるにいたらば、しょうがくらじ。)

第十三願 寿じゅみょうりょうの願

せつとくぶつ壽命じゅみょうのう限量げんりょう下至げし百千億ひゃくせんのく那由他なゆたこうしゃしゅしょうがく

(たとひわれぶつたらんに、寿命じゅみょうよく限量げんりょうありて、しも百千憶ひゃくせんおく那由多なゆたこういたらば、しょうがくらじ。)

第十四願 しょうもんりょうの願

せつとくぶつ國中こくちゅう聲聞しょうもんのうりょう下至げし三千さんぜん大千だいせん世界せかい聲聞しょうもん緣覺えんがく百千ひゃくせんごうしつきょうしゅしゃしゅしょうがく

(たとひわれぶつたらんに、国中こくちゅう声聞しょうもん、よく計量けりょうありて、しも三千さんぜん大千だいせん世界せかい声聞しょうもん縁覚えんがく百千劫ひゃくせんごうにおいて、ことごとくともに計校けきょうして、そのかずるにいたらば、しょうがくらじ。)

第十五願 眷属けんぞくちょう寿じゅの願

せつとくぶつ國中こくちゅう人天にんでん壽命じゅみょうのう限量げんりょうじょ本願ほんがん修短しゅたん自在じざいにゃくしゃしゅしょうがく

(たとひわれぶつたらんに、こくちゅうにんでん寿命じゅみょうよく限量げんりょうなからん。その本願ほんがん修短しゅたん自在じざいならんをばのぞく。もししからずは、しょうがくらじ。)

第十六願 しょぜんの願

せつとくぶつ國中こくちゅう人天にんでん乃至ないし聞有もんぬ不善ふぜんみょうしゃしゅしょうがく

(たとひわれぶつたらんに、こくちゅうにんでん乃至ないし不善ふぜんありとかば、しょうがくらじ。)

第十七願 諸仏しょぶつ称名しょうみょうの願

せつとくぶつ十方じっぽう世界せかい無量むりょう諸佛しょぶつしつしゃしょうみょうしゃしゅしょうがく

(たとひわれぶつたらんに、十方じっぽう世界せかい無量むりょう諸仏しょぶつ、ことごとくしゃして、わがしょうせずは、しょうがくらじ。)

第十八願 しんしんぎょうの願

せつとくぶつ十方じっぽう衆生しゅじょう至心ししん信樂しんぎょう欲生よくしょうこく乃至ないし十念じゅうねんにゃく生者しょうじゃしゅしょうがく唯除ゆいじょ五逆ごぎゃく誹謗ひほう正法しょうぼう

(たとひわれぶつたらんに、十方じっぽう衆生しゅじょう至心ししん信楽しんぎょうしてわがくにしょうぜんとおもひて、乃至ないし十念じゅうねんせん。もししょうぜずは、しょうがくらじ。ただ五逆ごぎゃく誹謗ひほう正法しょうぼうとをばのぞく。)

第十九願 しん発願ほつがんの願

せつとくぶつ十方じっぽう衆生しゅじょうほつ菩提ぼだいしんしゅしょ功德くどく至心ししん發願ほつがん欲生よくしょうこくりんじゅじゅりょう大衆だいしゅにょうげんにんぜんしゃしゅしょうがく

(たとひわれぶつたらんに、十方じっぽう衆生しゅじょう菩提心ぼだいしんおこし、もろもろの功徳くどくしゅして、至心ししん発願ほつがんしてわがくにしょうぜんとほっせん。寿いのちおわときのぞんで、たとひ大衆だいしゅにょうしてそのひとまえげんぜずは、しょうがくらじ。)

第二十願 しんこうの願

せつとくぶつ十方じっぽう衆生しゅじょうもん名號みょうごう係念けねんこくじきしょとくほん至心ししん廻向えこう欲生よくしょうこくすいしゃしゅしょうがく

(たとひわれぶつたらんに、十方じっぽう衆生しゅじょう、わが名号みょうごうきて、ねんをわがくにけ、もろもろの徳本とくほんゑて、至心ししん回向えこうしてわがくにしょうぜんとほっせん。果遂かすいせずは、しょうがくらじ。)

第二十一願 具足ぐそく諸相しょそうの願

せつとくぶつ國中こくちゅう人天にんでんしつじょう滿まん三十二さんじゅうにだいにんそうしゃしゅしょうがく

(たとひわれぶつたらんに、こくちゅうにんでん、ことごとく三十二さんじゅうにだいにんそう成満じょうまんせずは、しょうがくらじ。)

第二十二願 還相げんそう回向えこうの願

せつとくぶつ他方たほうぶつしょ菩薩ぼさっしゅらいしょうこく究竟くきょう必至ひっし一生いっしょう補處ふしょじょ本願ほんがん自在じざいしょ衆生しゅじょう弘誓ぐぜいがいしゃくるいとくほんだつ一切いっさい諸佛しょぶっこくしゅ菩薩ぼさつぎょう供養くよう十方じっぽう諸佛しょぶつ如來にょらい開化かいけ恆沙ごうじゃ無量むりょう衆生しゅじょう使りゅうじょうしょうしんどうちょうしゅつじょうりんしょぎょうげんぜんしゅじゅう普賢ふげんとくにゃくしゃしゅしょうがく

(たとひわれぶつたらんに、他方たほう仏土ぶつどしょ菩薩ぼさつしゅ、わがくに来生らいしょうして、きょうしてかならず一生いっしょう補処ふしょいたらん。その本願ほんがん自在じざい所化しょけ衆生しゅじょうのためのゆゑに、弘誓ぐぜいよろいて、徳本とくほんしゃくるいし、一切いっさい度脱どだつし、諸仏しょぶつくにあそんで、菩薩ぼさつぎょうしゅし、十方じっぽう諸仏しょぶつ如来にょらい供養くようし、恒沙ごうじゃ無量むりょう衆生しゅじょう開化かいけして無上むじょう正真しょうしんどうりゅうせしめんをば除く。常倫じょうりん超出ちょうしゅつし、諸地しょじぎょう現前げんぜんし、普賢ふげんとくしゅじゅうせん。もししからずは、しょうがくらじ。)

第二十三願 供養くよう諸仏しょぶつの願

せつとくぶつ國中こくちゅう菩薩ぼさつじょうぶつじんりき供養くよう諸佛しょぶついちじききょう不能ふのうへんしゅ無量むりょう那由他なゆた諸佛しょぶっこくしゃしゅしょうがく

(たとひわれぶつたらんに、国中こくちゅう菩薩ぼさつぶつ神力じんりきけて、諸仏しょぶつ供養くようし、一食いちじきのあひだにあまねく無数むしゅ無量むりょう那由多なゆた諸仏しょぶつくにいたることあたはずは、しょうがくらじ。)

第二十四願 供養くよう如意にょいの願

せつとくぶつ國中こくちゅう菩薩ぼさつざい諸佛しょぶつぜんげんとくほんしょしょよく供養くようにゃく如意にょいしゃしゅしょうがく

(たとひわれぶつたらんに、国中こくちゅう菩薩ぼさつ諸仏しょぶつみまえにありて、その徳本とくほんげんじ、もろもろのよくせんところの供養くよう、もしこころのごとくならずは、しょうがくらじ。)

第二十五願 せつ一切いっさいの願

せつとくぶつ國中こくちゅう菩薩ぼさつ不能ふのう演説えんぜつ一切いっさいしゃしゅしょうがく

(たとひわれぶつたらんに、国中こくちゅう菩薩ぼさつ一切いっさい演説えんぜつすることあたはずは、しょうがくらじ。)

第二十六願 とく金剛心こんごうしんの願

せつとくぶつ國中こくちゅう菩薩ぼさつとく金剛こんごうえんじんしゃしゅしょうがく

(たとひわれぶつたらんに、国中こくちゅう菩薩ぼさつ金剛こんごうえんしんずは、しょうがくらじ。)

第二十七願 万物まんもつ厳浄ごんじょうの願

せつとくぶつ國中こくちゅう人天にんでん一切いっさいまんもつごんじょうこうらいぎょうしきしゅどくごくみょう無能むのうしょうりょうしょ衆生しゅじょう乃至ないし逮得たいとく天眼てんげんのうみょうりょうべんみょうしゅしゃしゅしょうがく

(たとひわれぶつたらんに、国中こくちゅう人天にんでん一切いっさいまんもつごんじょうこうらいにして、形式ぎょうしきしゅどくにして、ごくみょうなること、よく称量しょうりょうすることなけん。そのもろもろの衆生しゅじょう乃至ないし天眼てんげん逮得たいとくせん。よくみょうりょうにそのみょうしゅわきまふることあらば、しょうがくらじ。)

第二十八願 道場どうじょうじゅの願

せつとくぶつ國中こくちゅう菩薩ぼさつ乃至ないししょう功德くどくしゃ不能ふのう知見ちけん道場どうじょうじゅ無量むりょうこうしきこう四百しひゃくまんしゃしゅしょうがく

(たとひわれぶつたらんに、国中こくちゅう菩薩ぼさつ乃至ないししょう功徳くどくのもの、そのどうじょうじゅ無量むりょうこうしきありて、たかひゃくまんなるを知見ちけんすることあたはずは、しょうがくらじ。)

第二十九願 とく弁才べんざいの願

せつとくぶつ國中こくちゅう菩薩ぼさつにゃくじゅ讀經どっきょうぼうじゅせつ不得ふとく辯才べんざい智慧ちえしゃしゅしょうがく

(たとひわれぶつたらんに、国中こくちゅう菩薩ぼさつ、もしきょうぼうじゅどくじゅせつして、べんざい智慧ちえずは、しょうがくらじ。)

第三十願 弁才べんざい無尽むじんの願

せつとくぶつ國中こくちゅう菩薩ぼさつ智慧ちえ辯才べんざいにゃっげんりょうしゃしゅしょうがく

(たとひわれぶつたらんに、国中こくちゅう菩薩ぼさつ智慧ちえべんざいもしげんりょうすべくは、しょうがくらじ。)

第三十一願 国土こくど清浄しょうじょうの願

せつとくぶつ國土こくど清淨しょうじょうかいしつ照見しょうけん十方じっぽう一切いっさい無量むりょう無數むしゅ不可思議ふかしぎ諸佛しょぶつ世界せかいにょみょうきょうめんぞうにゃくしゃしゅしょうがく

(たとひわれぶつたらんに、国土こくど清浄しょうじょうにして、みなことごとく十方じっぽう一切いっさい無量むりょう無数むしゅ不可思議ふかしぎ諸仏しょぶつ世界せかいしょうけんすること、なほみょうきょうにそのめんぞうるがごとくならん。もししからずは、しょうがくらじ。)

第三十二願 妙香みょうこう合成ごうじょうの願

せつとくぶつじょう虚空こく宮殿くでん樓觀ろうかん池流ちる華樹けじゅ國中こくちゅう所有しょう一切いっさいまんもつかい無量むりょう雜寶ざっぽう百千ひゃくせんじゅこう合成ごうじょうごんじきみょうちょうしょ人天にんでんこうくん十方じっぽう世界せかい菩薩ぼさつ聞者もんじゃかいしゅぶつぎょうにゃくにょしゃしゅしょうがく

(たとひわれぶつたらんに、より以上いじょう虚空こくうに至るまで、宮殿くでん楼観ろうかんじゅ国中こくちゅうのあらゆる一切いっさい万物まんもつ、みな無量むりょうざっぽうひゃくせんじゅこうをもつてともにごうじょうし、ごんじき奇妙きみょうにしてもろもろの人天にんでんえん。そのこうあまねく十方じっぽう世界せかいくんじて、菩薩ぼさつがんのもの、みなぶつぎょうしゅせん。もしかくのごとくならずは、しょうがくらじ。)

第三十三願 触光そくこう柔軟にゅうなんの願

せつとくぶつ十方じっぽう無量むりょう不可思議ふかしぎ諸佛しょぶつ世界せかい衆生しゅじょうるい蒙我むが光明こうみょうそくしんじゃ身心しんじん柔輭にゅうなん超過ちょうか人天にんでんにゃくしゃしゅしょうがく

(たとひわれぶつたらんに、十方じっぽう無量むりょう不可思議ふかしぎ諸仏しょぶつ世界せかい衆生しゅじょうるい、わが光明こうみょうこうぶりてそのれんもの、身心しんしん柔軟にゅうなんにして人天にんでん超過ちょうかせん。もししからずは、しょうがくらじ。)

第三十四願 聞名もんみょう得忍とくにんの願

せつとくぶつ十方じっぽう無量むりょう不可思議ふかしぎ諸佛しょぶつ世界せかい衆生しゅじょうるいもんみょうとく菩薩ぼさつしょうぼうにんしょじんそうしゃしゅしょうがく

(たとひわれぶつたらんに、十方じっぽう無量むりょう不可思議ふかしぎ諸仏しょぶつ世界せかい衆生しゅじょうるい、わが名字みょうじきて、菩薩ぼさつしょうぼうにん、もろもろのじんそうずは、しょうがくらじ。)

第三十五願 女人にょにん往生おうじょうの願

せつとくぶつ十方じっぽう無量むりょう不可思議ふかしぎ諸佛しょぶつ世界せかい女人にょにんもんみょうかんしんぎょうほつ菩提ぼだいしんえん女身にょしんじゅじゅにょぞうしゃしゅしょうがく

(たとひわれぶつたらんに、十方じっぽう無量むりょう不可思議ふかしぎ諸仏しょぶつ世界せかいに、それ女人にょにんありて、わが名字みょうじを聞きて、歓喜かんぎ信楽しんぎょうし、菩提心ぼだいしんおこして、女身にょしんえんせん。寿いのちおわりてののちに、またにょぞうとならば、しょうがくらじ。)

第三十六願 聞名もんみょう梵行ぼんぎょうの願

せつとくぶつ十方じっぽう無量むりょう不可思議ふかしぎ諸佛しょぶつ世界せかいしょ菩薩ぼさっしゅもんみょうじゅじゅじょうしゅぼんぎょうじょうぶつどうにゃくしゃしゅしょうがく

(たとひわれぶつたらんに、十方じっぽう無量むりょう不可思議ふかしぎ諸仏しょぶつ世界せかいしょ菩薩ぼさつしゅ、わが名字みょうじを聞きて、寿いのちおわりてののちに、つねにぼんぎょうしゅして仏道ぶつどうるにいたらん。もししからずは、しょうがくらじ。)

第三十七願 らいきょうの願

せつとくぶつ十方じっぽう無量むりょう不可思議ふかしぎ諸佛しょぶつ世界せかい諸天しょてん人民にんみんもんみょうたいとうしゅらいかんしんぎょうしゅ菩薩ぼさつぎょう諸天しょてんにんまく不致ふちきょうにゃくしゃしゅしょうがく

(たとひわれぶつたらんに、十方じっぽう無量むりょう不可思議ふかしぎ諸仏しょぶつ世界せかい諸天しょてん人民にんみん、わが名字みょうじきて、五体ごたいに投げて、けいしゅらいし、歓喜かんぎ信楽しんぎょうして、菩薩ぼさつぎょうしゅせんに、諸天しょてんにんうやまひをいたさずといふことなけん。もししからずは、しょうがくらじ。)

第三十八願 衣服えぶく随念ずいねんの願

せつとくぶつこくちゅう人天にんでんよくとくぶくずいねんそくにょぶつしょさんおうほうみょうぶくねんざいしんにゃくざいとうぜんかんじょくしゃしゅしょうがく

(たとひわれぶつたらんに、こくちゅうにんでんぶくんとおもはば、ねんしたがひてすなはちいたらん。仏のしょさん応法おうほうみょうぶくのごとく、ねんにあらん。もしざいとうぜんかんじょくすることあらば、しょうがくらじ。)

第三十九願 常受じょうじゅ快楽けらくの願

せつとくぶつこくちゅう人天にんでんしょじゅらくにょじん比丘びくしゃしゅしょうがく

(たとひわれぶつたらんに、こくちゅうにんでんけんところのらくじん比丘びくのごとくならずは、しょうがくらじ。)

第四十願 けん諸仏しょぶつの願

せつとくぶつこくちゅう菩薩ぼさつずいよっけん十方じっぽう無量むりょうごんじょうぶつおうにょがんほうじゅちゅうかいしつしょうけんにょみょうきょうめんぞうにゃくしゃしゅしょうがく

(たとひわれぶつたらんに、こくちゅうさつこころしたがひて十方じっぽう無量むりょうごんじょう仏土ぶつどんとおもはん。ときおうじてがんのごとく、ほうじゅのなかにして、みなことごとくしょうけんせんこと、なほみょうきょうにそのめんぞうるがごとくならん。もししからずは、しょうがくらじ。)

第四十一願 聞名もんみょうこんの願

せつとくぶつ他方たほうこくしょ菩薩ぼさっしゅもんみょうとくぶつしょこんけつそくしゃしゅしょうがく

(たとひわれぶつたらんに、他方たほう国土こくどしょ菩薩ぼさつしゅ、わが名字みょうじきて、ぶつるにいたるまで、諸根しょこんけつして具足ぐそくせずは、しょうがくらじ。)

第四十二願 聞名もんみょうとくじょうの願

せつとくぶつ他方たほう國土こくどしょ菩薩ぼさっしゅもんみょうかいしつたいとく清淨しょうじょう解脱げだつ三昧ざんまいじゅ三昧さんまい一發いっぽつきょう供養くよう無量むりょう不可思議ふかしぎ諸佛しょぶつ世尊せそんしつじょうにゃくしゃしゅしょうがく

(たとひわれぶつたらんに、他方たほう国土こくどしょ菩薩ぼさつしゅ、わが名字みょうじきて、みなことごとく清浄しょうじょう解脱げだつ三昧ざんまい逮得たいとくせん。この三昧さんまいじゅうして、ひとたびこころおこさんあひだに、無量むりょう不可思議ふかしぎ諸仏しょぶつ世尊せそん供養くようしたてまつりて、じょうしっせじ。もししからずは、しょうがくらじ。)

第四十三願 聞名もんみょうしょうの願

せつとくぶつ他方たほう國土こくどしょ菩薩ぼさっしゅもんみょうじゅじゅしょうそんにゃくしゃしゅしょうがく

(たとひわれぶつたらんに、他方たほう国土こくどしょ菩薩ぼさつしゅ、わが名字みょうじきて、寿いのちおわりてののちに、そんいえしょうぜん。もししからずは、しょうがくらじ。)

第四十四願 聞名もんみょう具徳ぐとくの願

せつとくぶつ他方たほう國土こくどしょ菩薩ぼさっしゅ聞我もんが名字みょうじ歡喜かんぎやくしゅ菩薩ぼさつぎょう具足ぐそく德本とくほんにゃくしゃしゅしょうがく

(たとひわれぶつたらんに、他方国土のしょ菩薩ぼさつしゅ、わが名字みょうじきて、歓喜かんぎやくして菩薩ぼさつぎょうしゅ徳本とくほん具足ぐそくせん。もししからずは、しょうがくらじ。)

第四十五願 聞名もんみょう見仏けんぶつの願

せつとくぶつ他方たほう國土こくどしょ菩薩ぼさっしゅもん名字みょうじかいしつたいとくとう三昧ざんまいじゅ三昧さんまいじょうぶつじょうけん無量むりょう不可思議ふかしぎ一切いっさい諸佛しょぶつにゃくしゃしゅしょうがく

(たとひわれぶつたらんに、他方たほう国土こくどしょ菩薩ぼさつしゅ、わが名字みょうじきて、みなことごとく普等ふとう三昧ざんまいたいとくせん。この三昧さんまいじゅうして成仏じょうぶつに至るまで、つねに無量むりょう不可思議ふかしぎ一切いっさいの諸仏を見たてまつらん。もししからずは、しょうがくらじ。)

第四十六願 随意ずいい聞法もんぼうの願

せつとくぶつ國中こくちゅう菩薩ぼさつずいがんしょよくもんぼうねんとくもんにゃくしゃしゅしょうがく

(たとひわれぶつたらんに、国中こくちゅう菩薩ぼさつ、その志願しがんしたがひて、かんとおもはんところのほう自然じねんくことをん。もししからずは、しょうがくらじ。)

第四十七願 聞名もんみょう不退ふたいの願

せつとくぶつ他方たほうこくしょ菩薩ぼさっしゅもんみょうそくとく退たいてんしゃしゅしょうがく

(たとひわれぶつたらんに、他方たほう国土こくどしょ菩薩ぼさつしゅ、わが名字みょうじきて、すなはち不退転ふたいてんいたることをずは、しょうがくらじ。)

第四十八願 とく三法さんぼうにんの願

せつとくぶつ他方たほう國土こくどしょ菩薩ぼさっしゅもんみょうそくとく第一だいいち第二だいに第三だいさんぼうにんしょぶっぽうのうそくとく退たいてんしゃしゅしょうがく

(たとひわれぶつたらんに、他方たほう国土こくどしょ菩薩ぼさつしゅ、わが名字みょうじきて、すなはち第一だいいち第二だいに第三だいに法忍ぼうにんいたることをず、諸仏しょぶつほうにおいて、すなはち不退転ふたいてんることあたはずは、しょうがくらじ。)

参考文献

[1] 『浄土真宗辞典』(浄土真宗本願寺派総合研究所 本願寺出版社 2013年)
[2] 『佛事勤行 佛説淨土三部經 (第二十刷)』(浄土真宗本願寺派 教学振興委員会 2003年)
[3] 『浄土真宗聖典 -註釈版 第二版-』(教学伝道研究センター 本願寺出版社 2004年)
[4] 『浄土真宗聖典 七祖篇 -註釈版-』(浄土真宗教学研究所 浄土真宗聖典編纂委員会 本願寺出版社 1996年)
[5] 『浄土真宗聖典 浄土三部経(現代語版)』(浄土真宗教学研究所浄土真宗聖典編纂委員会 本願寺出版社 1996年)
[6] 『本願の宗教』(金治 勇 百華宛 1993年)
[7] 『親鸞聖人の教え・問答集』(梯 實圓 大法輪閣 2010年)

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浄土真宗の宗祖。鎌倉時代の僧侶。浄土宗の宗祖である法然の弟子。
善導
善導(613~681)。 中国浄土教の大成者。 中国の臨淄りんし(現在山東省)に生まれる(諸説あり)。 出家し各地を遍歴し、玄中寺の道綽に師事して『観無量寿経』の教えを受け、浄土教に帰依した。 道綽没後、長安の南の終南山悟真寺に入り厳しい修行に励む。 その後、長安の光明寺や市街において民衆に念仏の教えを弘める。 後に法然や親鸞をはじめ、日本の浄土教にも強い影響を与えた。 著書に『観無量寿経かんむりょうじゅきょうしょ』 (観経疏かんぎょうしょ) 『法事讃』『観念法門』『往生礼讃偈』『般舟讃』がある。 真宗七高僧第五祖。
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法然(1133~1212)法然房源空。浄土宗の開祖。 美作国みまさかのくに久米(現在の岡山県)に生まれる。 9歳の時、父の死により菩提寺に入寺。15歳(13歳とも)に比叡山に登り、 源光・皇円に師事し天台教学を学んだが、1150年、黒谷に隠棲していた叡空をたずねて弟子となる。 1175年、黒谷の経蔵で善導の『観経疏かんぎょうしょ』の一文により専修念仏に帰した。 まもなく比叡山を下って東山吉水に移り、専修念仏の教えをひろめた。 念仏を禁止とする承元(じょうげん)法難(ほうなん)により、1207年に土佐国に流罪(実際は讃岐国に)となる。 著書に『選択本願念仏集』があり、弟子である浄土真宗の開祖・親鸞にも大きな影響を与えた。 真宗七高僧第七祖。
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