菩薩

【ぼさつ】
[仏・菩薩] [教義]
by 伴林 晃紀 (松岸寺)
2019/06/21(2023/10/17 更新)

梵語ぼんご(サンスクリット)ボーディサットヴァ (bodhisattva) の音訳である菩提ぼだい薩埵さったを略したもの。ボーディは菩提(さとりの智慧ちえ)、サットヴァは薩埵(衆生しゅじょう)。

初期仏教ではさとりを得る前の釈尊しゃくそんを菩薩といった。これは釈尊の本生ほんじょう(前世、過去の生存)も含まれた。

その後、大乗だいじょう仏教ではさとりを求めて修行する(これをじょうだいという)者全てを菩薩というようになった。また、かんおん菩薩ぼさつだいせい菩薩ぼさつげん菩薩ぼさつ文殊もんじゅ菩薩ぼさつ、地蔵菩薩など、すでに高い境地きょうちに達しており衆生の救済きゅうさいのためにはたらき続ける(これをしゅじょうという)大菩薩の存在も説かれるようになった。以下、この記事では大乗仏教における菩薩について述べる。

大乗仏教における菩薩は菩提心ぼだいしんを起こし、願と行とをそなえ、自らのさとりを完成する(自利じり)と同時に、一切の衆生を救済しようとする(利他りた)存在である。この願は菩薩ごとに異なる。菩提心、願、行についてはそれぞれ仏教知識「菩提心」、仏教知識「」、仏教知識「六波羅蜜」を参照のこと。

因位いんに果位かい

菩薩が仏になるために修行している状態をいん(またはいん)、修行を完成させた状態をという。修行して仏を目指す菩薩をじゅういんこうの菩薩という。一方、すでに仏となったものが衆生を救済するために因位のすがたを示したものが菩薩であるとする見方もある。これをじゅうこういんの菩薩という。

たとえば法蔵菩薩が修行を完成させ阿弥陀仏になったとみる場合は前者、既に修行を完成させた阿弥陀仏が法蔵菩薩のすがたを示したとみる場合は後者になる(仏教知識「法蔵菩薩」の「法蔵菩薩と阿弥陀仏の関係」参照)。

菩薩の仏道修行の階梯(かいてい)

菩薩はいきなり仏に成るわけではなく、段階を踏んで成仏すると考えられた。修行のかいを4種に分ける考え方が生まれ、それに基づいて10段階に分ける「十地説」が展開した。経典によって10の階位の内容は異なる。その1つである『じゅうきょう』(※1)では以下の十地が説かれる(『岩波 仏教辞典 第二版』P.480より)。

かん
ほっこう地(みょう地) えん地(えん地)
なんしょう げんぜん
おんぎょう どう
ぜん ほううん

五十二位説

菩薩の階位は十地が一般的だが、日本では中国仏教の影響を受けて五十二位説が用いられる。『菩薩ぼさつ瓔珞ようらく本業ほんごうきょう』(※2)に四十二位が説かれ、これに(※3)がじっしんを加えて五十二位説が成立した。親鸞しんらんの『きょうぎょうしんしょう』の中にも『菩薩瓔珞本業経』について触れている箇所が幾つかある(後に引用ヶ所を幾つか示す)。

この五十二段階は下から順に十信、十住じゅうじゅう十行じゅうぎょう十回向じゅうえこう十地じゅうじ等覚とうがく妙覚みょうがくとなっている。等覚は仏の一歩手前であり、妙覚は仏のことである(『菩薩瓔珞本業経』においては十信はかいとはみなされておらず、等覚の位は無垢地むくじと名づけられている)。

大乗仏教以前、せつ一切いっさい有部うぶにおいてはしょうじゃぼんないぼんぼん)という階梯が設けられていた。これを五十二位説と対応させると聖者が妙覚・等覚・十地、内凡夫が十住・十行・十回向、外凡夫が十信にあたる(関連:仏教知識「三宝さんぼう」の「3行目~7行目1-2句」)。これを以下に図示する。

五十二位の内訳

また、五十二位の内訳は以下のようになっている。

  52位 妙覚
  51位 等覚
十地 50位 法雲地 49位 善想地
48位 不動地 47位 遠行地
46位 現前地 45位 難勝地
44位 焔光地 43位 発光地
42位 離垢地 41位 歓喜地
十回向 40位 法界ほっかい無量むりょう回向 39位 無縛むばく解脱げだつ回向
38位 如相にょそう回向 37位 随順とうかん一切衆生回向
36位 随順ずいじゅん平等びょうどう善根ぜんこん回向 35位 無尽むじん功徳蔵くどくぞう回向
34位 いっさいしょ回向 33位 とういっさいぶつ回向
32位 不壊ふえ回向 31位 いっさいしゅじょうそうこう
十行 30位 真実行 29位 善法ぜんぽう
28位 なんとく 27位 じゃく
26位 ぜんげん 25位 乱行
24位 じん 23位 ぎゃく
22位 にょうやく 21位 かんぎょう
十住 20位 かんじょう 19位 法王子
18位 童真 17位 不退
16位 しょうしん 15位 そくほう便べん
14位 しょう 13位 修行
12位 治地じち 11位 発心
十信 10位 願心 9位 捨心
8位 護法心 7位 回向心
6位 戒心 5位
4位 じょう 3位 精進心
2位 念心 1位 信心

これは『仏と菩薩』P.214-217より引用した。なお41位は十地の初位であるから初地と呼ぶ。同様に47位を七地、48位を八地というように呼ぶ。

『教行信証』にみられる『菩薩瓔珞本業経』

『教行信証』では善導大師の『般舟はんじゅさん』が引用されており、その中で『菩薩瓔珞本業経』について触れられている。

またいはく(般舟讃 七一八)、「『瓔珞ようらくきょう』のなかには漸教ぜんぎょうけり。 万劫まんごうこうしゅして不退ふたいしょうす。 『観経かんぎょう』・『弥陀みだきょうとうせつは、すなはちこれ頓教とんぎょうなり、菩提ぼだいぞうなり」と。

(『浄土真宗聖典 -註釈版 第二版-』 P.198 より)

また別の箇所では同様に道綽どうしゃく禅師ぜんじの『安楽集』が引用されている。

ここをもつて玄中寺げんちゅうじしゃく和尚かしょう(道綽)のいはく(安楽集・下 二六〇)、 「(前略)『菩薩ぼさつ瓔珞ようらくきょう』によりて、つぶさに入道にゅうどう行位ぎょういべんずるに、法爾ほうになるがゆゑに難行なんぎょうどうづく」と。

(『浄土真宗聖典 -註釈版 第二版-』 P.415 より)

語注

※1 『十地経』
菩薩の修行階梯である十地の内容について詳しく説いたもの。サンスクリット本の他に種々しゅじゅの漢訳がある。後に『ごんぎょう』に編入され「じゅうぼん」となった。真宗七高僧の龍樹りゅうじゅてんじんは『十地経』のちゅうしゃくしょとしてそれぞれ『じゅうじゅうしゃろん』、『十地経論』をあらわした。
※2 『菩薩瓔珞本業経』
『華厳経』の流れを引き、菩薩の階位と修行を説く大乗経典。瓔珞経とも略される。中国で撰述された経典といわれる。天台大師智顗は菩薩の階位と修行を説く経典のうち、この経が最も完備されたものとした。
※3 智顗(538~597)
中国の僧侶で中国仏教形成の第一人者。仏教の教説きょうせつを分類して段階づける教相判釈きょうそうはんじゃくを「五時ごじ八教はっきょう」に組織そしきして天台教学てんだいきょうがくを大成した一方で、教団規範きょうだんきはんも定めた。天台三大部てんだいさんだいぶとよばれる『法華玄義ほっけげんぎ』『法華文句ほっけもんぐ』『摩訶止観』の講述書こうじゅつしょがある。日本仏教にも多大な影響を与えた。

参考文献

[1] 『浄土真宗辞典』(浄土真宗本願寺派総合研究所 本願寺出版社 2013年)
[2] 『浄土真宗聖典 -註釈版 第二版-』(教学伝道研究センター 本願寺出版社 2004年)
[3] 『岩波 仏教辞典 第二版』(岩波書店 2002年)
[4] 『仏と菩薩 ―初期仏教から大乗仏教へ―』(平岡聡 大法輪閣 2022年)

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