訳場

【やくじょう】

訳場とはやくきょう道場どうじょうの略で、主に中国において仏典ぶってんをサンスクリット(梵語ぼんご)などから漢語かんご訳出やくしゅつ(漢訳)するためにもうけられた場所のこと。訳場には、個人が財産を投じた私的なものもあるが、多くは皇帝こうてい勅命ちょくめいなどによる公的なものであった。そのために、訳場は宮殿内きゅうでんないに設けられることもあったが、隋唐ずいとう以後の時代になると、しばしば特定の寺院に大がかりな訳場が設けられた。これらを「翻経館ほんきょうかん」「翻経院ほんきょういん」「訳経院やくきょういん」という。

やく時代(仏教知識「旧訳」参照)の訳場の体制は、訳場を公開して、一つの法会ほうえ(仏教儀式)として多くの僧侶そうりょ民衆みんしゅうに参加をさせた上で、訳出をして同時進行的にその仏典の講義こうぎを行った。これは、中国にとって外来がいらいの宗教である仏教ぶっきょうを定着させる大きな役割を果たした。新訳しんやく時代になるとその性質は変化して、講義などを並行へいこうしない仏典を訳出するためだけの専門家集団の体制となった。

訳場内には、職務の分担が定められていた。時代やそれぞれの訳場において、この分担と名称は変わるが、ここでは『ぶっとう』(五十四巻 ばん撰)(※1)の巻四十三「訳経やくきょう儀式ぎしき」にしるされている九つのしょく名称めいしょうげる。

…第一譯主…第二證義…第三證文…第四書字梵學僧…第五筆受
…第六綴文…第七參譯…第八刋定…第九潤文官…

(『大正新脩大蔵経』第49巻 398頁中引用)

これらの職務の役割は、

やく(訳)しゅ
サンスクリット(梵語)原典を朗読する。訳出の責任者。
しょう(証)
訳主が述べた文の意味内容に問題がないか討議とうぎする。
しょう(証)ぶん
訳主の朗読した文に誤りがないか点検する。
しょぼんがく(学)そう
朗読された文を漢字で書き取る。ただし、この時点では音写おんしゃのみで漢語にはなっていない。
筆受ひつじゅ
漢字に音写されたサンスクリット(梵語)を漢語にあらためる。
綴文ていぶん
文字の順序を入れ替えて文章化し、語句の意味を通じさせる。
參譯さんやく(参訳)
それぞれの土地の意味を比較検討し、間違いないようにする。
かん(刊)てい
冗長じょうちょう(文章が長い、繰り返されている)なところを削除し、語句の意味を確定する。
じゅん文官(ぶんかん)
訳語の表現が適当かどうかを念入りに調べ、必要があれ潤色じゅんしょく(原典にない語句を挿入)する。
(『仏典はどう漢訳されたのか―スートラが経典になるとき』P.58-59 より)

である。これら『仏祖統紀』に挙げられる九つの職務を「やくじょう九位くい」と呼ぶ。

「訳主」は、「訳者やくしゃ」として漢訳仏典には「○○やく」と記されるが、「職務の役割」を見てもわかるように、直接的に訳出をするとは限らない。「訳主」にはインドや西域さいいきから招かれた僧侶も多く、必ずしも漢語を理解していなかった。責任者としての「訳主」に求められるのは、原典を正しく口述できることと、その内容を十分に理解していることである。実際に漢語に訳出するのには、漢人である「筆受」や「綴文」が重要な役割を果たす。彼らには、他の漢訳仏典の知識とともに仏教教義の理解が必要となる。

このようにして訳場では、膨大な仏典が訳出されたが、組織的な訳出は12世紀初めそうの時代に終焉しゅうえんする。

語注

※1『仏祖統紀』
中国南宋なんそう時代の天台宗てんだいしゅう僧侶そうりょである志磐しばん(生没年不詳)の撰述せんじゅつした仏教ぶっきょうしょ

参考文献

[1] 『岩波 仏教辞典 第二版』(岩波書店 2002年)
[2] 『浄土真宗辞典』(浄土真宗本願寺派総合研究所 本願寺出版社 2013年)
[3] 『仏典はどう漢訳されたのか―スートラが経典になるとき』(船山 徹 岩波書店 2013年)
[4] 『大正新脩大蔵経 第49巻』(大蔵出版 1990年)
[5] 『大正新脩大蔵経総目録』(大蔵出版編集部編 大蔵出版 2007年)

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