遺骨の取り扱い

【いこつのとりあつかい】

はじめに

「遺骨の取り扱い」と書きましたが、この記事では主に「いつ」「どこへ」納骨すればいいのかということについて私が思うところを書いていきたいと思います。

最初に結論を言ってしまうと、どのようにしていただいても構わないと思っています。これだけでは中身がありませんので、もう少し掘り下げて書いていきます。

遺骨と死後の救いの関係

浄土真宗では亡くなった人は浄土に生まれ(往生おうじょう)、浄土でさとりをひらきます。また浄土への往生が定まるのは生きている間、信心をいただいたときです(このことを「現生げんしょう正定聚しょうじょうじゅ」といいます)。つまり、教義から考えていくと往生の条件に遺骨は関係ありません。

もし遺骨の所在によって往生の可否が変わるような教義であったならば、亡くなり方によっては(例えば遺骨の回収が困難な海難事故など)浄土へ往生できない場合が出てきてしまいます。そうなるとすべての人が救われるような教えではなくなってしまいます。

親鸞の伝記

本願寺第3代覚如かくにょ(1270-1351)が著した『改邪鈔がいじゃしょう』の第十六条に、親鸞聖人の発言が書かれています。

それがし 親鸞しんらん 閉眼へいがんせば、賀茂川かもがわにいれてうおにあたふべし」と云々。 (『浄土真宗聖典 -註釈版 第二版-』P.937 より)

「自らの死後は遺体を川に流せ」ということですが、覚如はこれを「肉体に執着しゅうじゃくすることなく信心を大事にせよ」と解釈しています。

実際には親鸞聖人は火葬されており、まつるためのお堂が建てられました(現在は大谷本廟ほんびょうになっています)。

納骨の時期と場所

遺骨の扱いは死後の救いには関係ないということを先に述べました。ですから、教義から考えれば納骨する時期も場所も自由です。あるいは納骨「しない」のも自由だと思います。

しかし、いくら自由だとはいっても現実には遺骨を大事にしたい、亡くなった人のために何かをしてあげたいという気持ちのある方が多いのではないでしょうか。そのような想いから「この場所に納めてあげたい」「いつまでには納めたい」といった考えが出てくるのだと思います。

時期

時期については経験上、葬儀が終わってすぐに納骨される方、満中陰や一周忌などの法事の際に納められる方、何年間も手元に置いておかれる方など、様々な方が居られます。

いつでもいいのですが、なるべく多くの方々に立ち会ってもらえるような日にするというのは一つの決め方かもしれません。

場所

納骨する場所には公営の墓地や寺院が所有する墓地・納骨堂などがあります。浄土真宗本願寺派の施設としては大谷本廟に墓地と納骨堂があり、また各地域にある本願寺の別院にも墓地や納骨堂がある場合があります。場所を借りて遺骨を納める方法だけでなく、施設によっては返却不可の合葬という形で納めることも可能です。

遺骨は亡くなった人のことを思い出すきっかけになってくれるものの一つですから、後でお参りしやすい場所を選ぶのがいいかもしれません。

まとめ

私としては時間も場所も自分の気が済むように、気持ちが一番落ち着くようにするのが良いと思っています。様々な事情から思い通りにできない場合もあると思いますが、「必ずこうしなければならない」「こうしなければ救われない」という性質のものではありません。あまり悪い方に考えないようにしていただきたいと思います。

参考文献

[1] 『浄土真宗聖典 -註釈版 第二版-』(教学伝道研究センター 本願寺出版社 2004年)

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親鸞
浄土真宗の宗祖。鎌倉時代の僧侶。浄土宗の宗祖である法然の弟子。