華厳宗
【けごんしゅう】
『華厳経』を所依の経典とする宗派の一つ。中国・唐の時代に成立したとされる。初祖(宗派の初代)を杜順(557~640)とする五祖説(※1)と、杜順の前に馬鳴(アシヴァゴーシャ)と龍樹(ナーガールジュナ)を加える七祖説がある。しかし、これらの祖統説にはさまざまな問題があると指摘されている。
五祖説でいうところの第三祖である法蔵(643~712)は、宗派として社会的・思想的に大成させた。法蔵は、仏教の教説を分類し段階づける「教相判釈(教判)」を組織して、『華厳経』を拠りどころとする華厳宗の教えが最もすぐれたものであると示した。この教判を「五教十宗の教判」という。法蔵の『華厳五教章』(※2)によると、
五教十宗の教判
五教
- 小乗教(※3)
上座部、大衆部などの部派仏教。『阿含経』『阿毘達磨』『阿毘達磨倶舎論』など。 - 大乗始教
空思想(※4)の『般若経』、唯識思想(※5)の『解深密経』など。 - 終教
如来蔵思想(※6)の『勝鬘経』 『如来蔵経』『大乗起信論』など。 - 頓教
不二思想(※7)の『維摩経』など。 - 円教
『華厳経』。円満修多羅(最高・究極の経典)の教え
十宗
- 法我倶有宗
- 法有我無宗
- 法無去来宗
- 現通仮実宗
- 俗妄真実宗
- 諸法但名宗
- 一切皆空宗
- 真徳不空宗
- 相想倶絶宗
- 円明具徳宗
として、華厳宗は第五教・第十宗を明らかにして、すべての教えを含んだ完全な教えであるとした。671年、法蔵の兄弟子に当たる義湘(625~702)によって新羅(朝鮮)に伝えられると、やがてその教えは日本へと渡ることとなった。
五教 | 十宗 | 内容 (小乗は部派名、大乗は経典名) |
---|---|---|
①小乗教 | ①法我倶有宗 | 犢子部など |
②法有我無宗 | 説一切有部など | |
③法無去来宗 | 大衆部など | |
④現通仮実宗 | 説仮部など | |
⑤俗妄真実宗 | 説出世部など | |
⑥諸法但名宗 | 一説部など | |
②大乗始教 | ⑦一切皆空宗 | 『般若経』『解深密経』など |
③終教 | ⑧真徳不空宗 | 『勝鬘経』『如来蔵経』 『大乗起信論』など |
④頓教 | ⑨相想倶絶宗 | 『維摩経』など |
⑤円教 | ⑩円明具徳宗 | 『華厳経』 |
日本の華厳宗
日本で初めて『華厳経』の講義が行われたのは、740年と伝えられる。新羅に留学したとされる審祥が、金鐘寺(東大寺の前身)で『華厳経探玄記』(法蔵 20巻)に基づいて『大方広仏華厳経』(仏陀跋陀羅訳 60巻)を講義した。
その後、『華厳経』『梵網経』の教えに基づく東大寺大仏が建立(743~749年)され、752年に大仏開眼供養が勤められた。また、754年には唐から鑑真を招請し、日本で初めての戒壇院が東大寺に建立されて授戒の制度が整った。このように、当時日本仏教の中心地となった東大寺では、華厳宗の教えが盛んに研究されるようになった。日本の華厳宗の中興の祖として鎌倉時代の高弁(明恵)がいる。現在の華厳宗の総本山は東大寺である。
- ※1 五祖説
- 杜順―智儼―法蔵―澄観―宗密
- ※2 『華厳五教章』
- 法蔵の著作で華厳教学の綱要書(概要を記したもの)。テキストによってさまざまな題名があり、巻数も異なる。ここでは『華厳一乗教義分斉章』(四巻)を参照した。
- ※3 小乗教
- 部派仏教。小乗とは、サンスクリットで「劣った乗物」を意味する。当時の部派仏教は守旧的で煩瑣(こまごまとわずらわしいこと)な教学に終始していたとされる。これに批判的な新勢力が、部派仏教は自利(みずから利益を得ること)を図るだけであるとして「劣った乗物」であるとした。新勢力は、自らの教えを利他(他人を利益すること)の精神で大衆を救済する「すぐれた乗物」であり、大乗と称した。このように小乗とは、大乗と称した勢力からの貶称(みさげる呼称)であり、現在は、「小乗」という呼称を用いるべきではない。
- ※4 空思想
- もろもろの事物には実体がないとする。無自性。
- ※5 唯識思想
- あらゆる存在は自己の認識によるだけで、認識対象の事物には実体がないとする。
- ※6 如来蔵思想
- あらゆる衆生に仏となる可能性があるとする。仏性。
- ※7 不二思想
- 二つの現象的対立を超えること。これらが根底的に一体であるとする。「善悪不二」「生死不二」「凡聖不二」など。
参考文献
[1] 『岩波 仏教辞典 第二版』(岩波書店 2002年)
[2] 『浄土真宗辞典』(浄土真宗本願寺派総合研究所 本願寺出版社 2013年)
[3] 『現代意訳 華厳経』(原田霊道 書肆心水 2016年)
[4] 『和訳 華厳経』(鎌田茂雄 東京美術 1995年)
[5] 『仏典講座28 華厳五教章』(鎌田茂雄 大蔵出版 1979年)
[6] 『大正新脩大蔵経総目録』(大蔵出版編集部編 大蔵出版 2007年)
[2] 『浄土真宗辞典』(浄土真宗本願寺派総合研究所 本願寺出版社 2013年)
[3] 『現代意訳 華厳経』(原田霊道 書肆心水 2016年)
[4] 『和訳 華厳経』(鎌田茂雄 東京美術 1995年)
[5] 『仏典講座28 華厳五教章』(鎌田茂雄 大蔵出版 1979年)
[6] 『大正新脩大蔵経総目録』(大蔵出版編集部編 大蔵出版 2007年)
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南インドに生まれる。多くの経典に精通し、「空」の思想を確立した。
龍樹以後の大乗仏教は多大な影響を受け、後に日本では八宗の祖とも称された。
著書に『中論』『大智度論』『十住毘婆沙論』など著書多数。
真宗七高僧第一祖。
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