字訓釈
【じくんじゃく】
経典の文字を解釈する方法のひとつ。「じくんしゃく」とも読む。日本の天台宗恵心流(仏教知識「源信」参照)で盛んに用いられた。字訓とは、漢字の意味を別の漢字をあてて解釈すること。そのさいに、元の漢字と同音の漢字をあてることを「同音訓」、同義(同じ意味)の漢字をあてることを「義訓」、関連する他の漢字から転用した字訓のことを「転訓」という。これらは単なる文字の置き換えではなく、「寄字顕義」(※1)とも呼ばれている。また、字訓によって導き出された漢字をまとめて熟語としていくことを「会訓」という。
ここでは例として、親鸞(1173 - 1263)が著した『顕浄土真実教行証文類』「信巻」の「三一問答」を挙げる。「三一問答」では次の表のように至心・信楽・欲生の三心に字訓を施している。なお、字訓の出処については諸説があるが、ここでは『聖典セミナー 教行信証 [信の巻]』(梯實圓/本願寺出版社/2021)P.129-142の内容を表にまとめた。
字訓 | 出拠 | |
---|---|---|
至 | 真 | 善導『観経疏』「散善義」からの義訓 |
実 | 「真」の転訓 | |
誠 | 「実」の転訓 | |
心 | 種 | 善導『観経疏』「玄義分」からの義訓 |
実 | 「種」の転訓 | |
信 | 真 | 「誠」の転訓 |
実 | 「誠」の転訓 | |
誠 | 『設文解字』(※2)「信」からの字訓 | |
満 | 「実」の転訓 | |
極 | 『広韻』(※3)四「忠信」の註の字訓 | |
成 | 「誠」の同音訓 | |
用 | 『広韻』四「忠信」の註の字訓 | |
重 | ||
審 | 「誠」の転訓 | |
験 | 『広韻』四「忠信」の註の字訓 | |
宣 | 不明 | |
忠 | 『広韻』四「信」の字訓 | |
楽 | 欲 | 『玉篇』(※4)「楽」からの字訓 |
願 | 「欲」の転訓 | |
愛 | 『無量寿如来会』本願成就文「愛楽」からの転訓 | |
悦 | 『玉篇』「楽」からの字訓 | |
歓 | ||
喜 | ||
賀 | 「歓」「喜」の転訓 | |
慶 | ||
欲 | 願 | 「欲」の転訓 |
楽 | 『玉篇』「楽」からの字訓 | |
覚 | 「知」の転訓 | |
知 | 「覚」の転訓 | |
生 | 成 | 不明(「生」の義訓あるいは同音訓か) |
作 | 『広韻』五「作」の字訓「生」からの転訓 | |
為 | 『広韻』五「作」の字訓 | |
起 | ||
行 | ||
役 | ||
始 | ||
生 | ||
為 | 『広韻』五「作」の字訓「生」からの転訓 | |
興 | 『玉篇』『増修礼部韻』(※5)など諸説あり |
- ※1 寄字顕義
- 経論や注釈書から特定の漢字を通常の読み方や意味とは別に、音や意味の同じ漢字をあててさまざまな漢字へと展開していき、その原文の真意へと導く解釈の方法。転声釈ともいう。
- ※2 『設文解字』
- 中国最古の部種別漢字辞典。100年に後漢の許槙(生没年不明)が作った。本文14篇、叙(序)1篇からなる。漢字を540の部首に分けて体系づけている。
- ※3 『広韻』
- 1008年に陳彭年(961-1017)らが先行する『切韻』『唐韻』を増訂して制作した韻書(漢字を韻によって分類した辞典)。
- ※4 『玉篇』
- 読み方はぎょくへん、ごくへん。中国南北朝時代の543年に顧野王(519-581)によって編纂された部種別漢字辞典。原本は中国には残っておらず、日本にはその一部が現存している。
- ※5 『増修礼部韻』
- 梯實圓が引いた深励(1749-1817)は『増修礼部韻』としているが、これは正しくは『増修互註礼部韻略』のことと思われる。『増修互註礼部韻略』は1037年丁度(生没年不明)らによって科挙の参考書として編纂された韻書『礼部韻略』の増補版である。
参考文献
[1] 『聖典セミナー 教行信証 信の巻』(梯實圓 本願寺出版社 2021年)
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源信(942~1017)。大和国当麻(現在の奈良県)の生まれ。幼くして比叡山に登り、良源に師事し天台教学を究めたが、その名声を嫌い、横川に隠棲した。44歳の時、様々な経・論・釈より往生極楽に関する文を集め、日本において最初の本格的な浄土教の教義書である『往生要集』を撰述した。浄土教はもとより、文学・芸術にも大きな影響を与えた。この他の著書に、『阿弥陀経略記』・『横川法語』・『一乗要決』等、多数がある。真宗七高僧第六祖。