八功徳水
八功徳水とは、8種のすぐれた性質をもった水のことをいう。以下、
- 『仏説阿弥陀経』
- 『称讃浄土仏摂受経』(『称讃浄土経』)
- 『阿毘達磨倶舎論』(『倶舎論』)
- 『観無量寿経疏』(『観経疏』)
に説かれる八功徳水について紹介する。なお筆者が書き下し文を入手できなかった『称讃浄土経』『倶舎論』については漢文のみ示している。
『仏説阿弥陀経』にみられる八功徳水
『仏説阿弥陀経』の中では次のように説かれている。
又舎利弗・極楽国土・有七宝池・八功徳水・充満其中 (『浄土真宗本願寺派 日常勤行聖典』P.108より)
また舎利弗、極楽国土には七宝の池あり。 八功徳水そのなかに充満せり。 (『浄土真宗聖典 -註釈版 第二版-』P.122より)
ここでは釈尊が弟子の舎利弗に「阿弥陀仏の極楽浄土には七つの宝(七宝)でできた池があり、その中には八つのすぐれたはたらきを具えた水がたたえられている」と説かれている。
『称讃浄土経』にみられる八功徳水
『仏説阿弥陀経』の異訳である『称讃浄土経』の中でも同様に八功徳水が説かれている。
又舎利子、極樂世界淨佛土中、 處處ニ皆有七妙寶池、八功徳水彌滿其中。 (『浄土真宗聖典全書(一) 三経七祖篇』P.386より)
この箇所については『仏説阿弥陀経』と同じ内容だが、『称讃浄土経』の場合はその8つの性質それぞれについても続けて説かれている。
何等名爲八功徳水。 一者澄淨、二者淸冷、三者甘美、 四者輕輭、五者潤澤、六者安和、 七者飮時除飢渇等无量過患、 八者飮已定能長養諸根四大、 增益種種殊勝善根。 (『浄土真宗聖典全書(一) 三経七祖篇』P.386より) ※「者」「諸」「益」「勝」については異体字が使われているが、ここでは表示が難しいので代わりに正字で表記した。
すなわち
- 澄浄
- 清冷
- 甘美
- 軽軟
- 潤沢
- 安和
- 除患(飲めば飢えと病をいやす)
- 養根(心身を健やかに育てる)
の8種である(漢字の読み方および除患、養根の意味については『阿弥陀経のことばたち』P.42を参照した)。
『倶舍論』にみられる八功徳水
天親(世親)(400頃 - 480頃)が著した『倶舍論』の中にも八功徳水がみられる。仏教の世界観を説明する中で須弥山(世界の中心にそびえる巨大な山)とそれを七重に取り囲む七金山(七つの山)と七海(七つの海)が登場する。そして、その七海が八功徳水で満たされていると述べられている。八功徳水について述べられた箇所は以下の通りである。
七中皆具八功徳水。 一甘。二冷。三軟。四輕。五清淨。六不臭。七飮時不損喉。八飮已不傷腹。 (『阿毘達磨倶舍論』巻第十一より、SAT大正新脩大藏經テキストデータベース参照)
すなわち
- 甘(甘い)
- 冷(冷たい)
- 軟(軟かい)
- 軽(軽い)
- 清浄
- 不臭(無臭)
- 飲時不損喉(飲むとき喉を損わない)
- 飲已不傷腹(飲みおわって腹を傷めない)
の8種である(それぞれの意味については『龍谷大学仏教学叢書④ 倶舎 ―絶ゆることなき法の流れ―』 P.121-122 を参照した)。
『観経疏』にみられる八功徳水
善導(613-681)が著した『観経疏』の「定善義」の中にも八功徳水がみられる。極楽浄土の池のすがたを観察する「宝池観」について説かれる中で、その池の水について次のように述べられる。
此水即有八種之德。 一者淸淨潤澤、即是色入攝。 二者不臭、即是香入攝。 三者輕。 四者冷。 五者輭、即是觸入攝。 六者美、是味入攝。 七者飮時調適。 八者飮已無患、是法入攝。 此八德之義已在『彌陀義』中廣説竟。 (『浄土真宗聖典全書(一) 三経七祖篇』P.735より) ※「即」「臭」「適」「説」については異体字が使われているが、ここでは表示が難しいので代わりに正字で表記した。
この水にすなはち八種の徳あり。 一には清浄潤沢、すなはちこれ色入の摂なり。 二には臭からず、すなはちこれ香入の摂なり。 三には軽し。四には冷し。五には軟らかなり、すなはちこれ触入の摂なり。 六には美し、これ味入の摂なり。 七には飲む時調適す。 八には飲みをはりて患ひなし、これ法入の摂なり。 この八徳の義はすでに『弥陀義』のなかにありて広く説きをはりぬ。
(『浄土真宗聖典 七祖篇 -註釈版-』P.418より)
すなわち
- 清浄潤沢(清浄で光っている)
- 臭からず(臭みがない)
- 軽し(軽い)
- 冷し(冷たい)
- 軟らか(やわらかい)
- 美し(甘美である)
- 飲む時調適す(飲んでいるときに心地がよい)
- 飲みをはりて患ひなし(飲み終わって心配がない)
である。なおここでは 1 が視覚、2 が臭覚、3-5が触覚、6が味覚、7-8が意識におさまると述べられている。
『弥陀義』について
ここではこの八つの徳について『弥陀義』の中に説いていると述べられている。『弥陀義』とは『弥陀経義』のことをいい、これは善導が著した『仏説阿弥陀経』の註釈書と考えられている。しかしこれは早くより散逸したらしく、日本に伝えられた形跡も認められない。
それぞれの八功徳水の比較
以上のように八功徳水は『阿弥陀経』『称讃浄土経』『観経疏』においては極楽浄土の池にたたえられた水として、『倶舎論』においては世界の中心にある須弥山の周囲の海に満ちた水として登場している。
また、8種の功徳の内訳を以下の表に示す。それぞれ表現や登場順は違うが、おおむね同じ内容が示されていることがわかる。
『称讃浄土経』 | 『倶舎論』 | 『観経疏』 | |
---|---|---|---|
1 | 澄浄 | 甘 | 清浄潤沢 |
2 | 清冷 | 冷 | 不臭 |
3 | 甘美 | 軟 | 軽 |
4 | 軽軟 | 軽 | 冷 |
5 | 潤沢 | 清浄 | 軟 |
6 | 安和 | 不臭 | 美 |
7 | 除患 | 飲時不損喉 | 飲時調適 |
8 | 養根 | 飲已不傷腹 | 飲已無患 |
宗祖親鸞が八功徳水について記した文
宗祖親鸞は『浄土和讃』の中で次のように極楽浄土の荘厳を讃えており、この中で極楽浄土には八功徳水が満ちた池があると述べられている。
(四五)
七宝の宝池いさぎよく 八功徳水みちみてり
無漏の依果不思議なり 功徳蔵を帰命せよ(現代語訳)
浄土の七つの宝でできた池は清く澄みきって、不可思議な力をそなえた水が満ちている。煩悩の汚れのない浄土の功徳は、思いはかることができない。あらゆる功徳を収めている功徳蔵に帰命するがよい。
(『浄土真宗聖典 三帖和讃(現代語版)』 P.28 より、それぞれ原文と現代語訳)
参考文献
[2] 『浄土真宗聖典 七祖篇 -註釈版-』(浄土真宗教学研究所 浄土真宗聖典編纂委員会 本願寺出版社 1996年)
[3] 『浄土真宗聖典 三帖和讃(現代語版)』(浄土真宗本願寺派総合研究所 本願寺出版社 2016年)
[4] 『浄土真宗聖典 -註釈版 第二版-』(教学伝道研究センター 本願寺出版社 2004年)
[5] 『浄土真宗辞典』(浄土真宗本願寺派総合研究所 本願寺出版社 2013年)
[6] 『岩波 仏教辞典 第二版』(岩波書店 2002年)
[7] 『阿弥陀経のことばたち』(辻本敬順 本願寺出版社 2001年)
[8] 『龍谷大学仏教学叢書④ 倶舎 ―絶ゆることなき法の流れ―』(青原令知 [編] 自照社出版 2015年)
[9] 『SAT大正新脩大藏經テキストデータベース』 (https://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/SAT/) (SAT大藏經テキストデータベース研究会)