浄土の水と仏壇の水

【じょうどのみずとぶつだんのみず】

仏前ののみ

私は毎月たくさんの門徒さんのお宅にうかがい、勤行ごんぎょうをさせていただいています(月参つきまいり)。お仏壇に向かって座らせていただくときに、水が入った「南無なも阿弥陀あみだぶつ」や「先祖代々」と書かれた湯呑をよくお見かけします。しかし、実は正式には浄土真宗本願寺派ではこういったものは仏前ぶつぜんそなえません。『日常にちじょう勤行ごんぎょう聖典せいてん』には次のように書かれています。

御本尊前には、こう香炉こうろ)・花瓶かひん)・とう蠟燭ろうそくたて)の荘厳のほか、おぶっぱんをおそなえします。 (中略) ただし、仏壇には水やお茶などは供えません。

(『浄土真宗本願寺派 日常勤行聖典』P.133 より)

ひんびょう

ではお仏壇には水を供えないのかというと、そうではありません。華瓶と花瓶の中に水が入っています。これらは花を供えるための仏具です。花瓶には水を入れ、仏花ぶっかを入れます。華瓶には水を入れ、しきみ(もしくはその他の青木)をします。

左が花瓶、中央が華瓶。右は小型の華瓶。

なお花瓶はともかく華瓶はお持ちでないという方は多いと思います。私はお仏壇ではまず御本尊(阿弥陀あみだ如来にょらい)が必須ひっすであり、次いでみつそく(左に花瓶、中央に香炉、右に蠟燭ろうそくたて)が重要と考えています。華瓶はこれらを置いた上で余裕があれば購入、もしくは省略という形でよいと思います。

はっどくすい

お仏壇とは

目に見えない浄土を形に表そうと試みたもの

(真宗の本棚 仏教知識「仏壇」より)

です。『仏説ぶっせつ阿弥陀あみだきょう』では阿弥陀如来の浄土じょうどには七つの宝でできた池があり、その中に八功徳水(仏教知識「八功徳水」参照)がたたえられ、池の中にはさまざまな色のれんの花が咲いていると説かれます。樒は浄土に咲くしょう蓮華れんげに形が似ているということから用いられます。

このように、仏壇に供える水は浄土の水ということで供えられるわけです。亡くなられた御先祖や阿弥陀さまが飲まれるための水ではないんですね。だから湯呑は供えません。

仏飯ぶっぱんは供える

一方、水は供えませんが仏飯は供えます。これには阿弥陀如来を敬う気持ちから

阿弥陀如来に「今日もご飯をいただけます。」といった感謝の報告

(真宗の本棚 仏教知識「仏飯」より)

をする意味があります。私たちの日々の生活のかてを仏前に供えるわけですね。

供えてはいけないのか?

さて、このことをふまえて今一度考えてみますと、私の中で「水は日々の生活の糧には含まれないのだろうか?」という疑問が浮かびました。人は水が無ければ生きていけません。大事なものを供えるという意味では水も供えてよいのではないかと個人的には思います。実際、仏飯の代わりにパンを供えても構いません。米に限られているわけではありません。

ただし「亡くなられた御先祖や阿弥陀さまが飲まれるための水、食べられるためのご飯ではない」ということを念頭に置くことは大事だと思います。これを勘違いしたまま水や仏飯を供えてしまうと、作法としては合っていても意味が違うということになってしまいます。供える意義を理解した上で水を供えるのであれば構わないのではないでしょうか。

お腹を壊さない水

ところで先に挙げた「八功徳水」には8種のすぐれた性質がありますが、その中の1つに「飲んでもお腹を壊さない」というものがあります。初めてこれを見たときには「わざわざ経典きょうてんの中にしるすほどこれは大事なことなのか?」と思いました。

しかし、よく考えてみればこれは私が日本で暮らしているから出てくる感想なんですね。日本のように水道水を安全に飲むことができる国は非常に少ないです。この八功徳水の性質は極楽ごくらく浄土じょうどがいかに素晴らしい世界であるかを示すために説かれたのだと思いますが、おそらく昔のインドではそれだけお腹を壊さない水が貴重だったのでしょう。さらにいえば今でもインドでは綺麗な水は貴重かもしれません。

手洗いにも水が必要

また、今まさに私たちは綺麗な水のありがたみを感じているところではないかと思います。この原稿を書いている2020年現在、新型コロナウイルス (SARS-CoV-2) の感染症が世界中で流行しています。ウイルスを口に入れないためには手を洗うことが大切ですから、今年に入ってからは誰もが頻繁に手を洗うようになりました。

手を洗うためには清潔な水が必要になってきます。この点において日本はとても恵まれており、蛇口をひねるだけで容易に「飲んでもお腹を壊さない」水が手に入ります。これが当たり前になっていることにあらためて感謝したいと思いました。

参考文献

[1] 『浄土真宗本願寺派 日常勤行聖典』(浄土真宗本願寺派日常勤行聖典編纂委員会 本願寺出版社 2012年)

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