一念多念文意 (1)
はじめに
『一念多念文意』(一巻)とは、浄土真宗の宗祖親鸞が著したものである。これは隆寛(※1)の『一念多念分別事』(一巻)(仏教知識「隆寛」「一念多念分別事」参照)の註釈書とされることもあるが、『一念多念分別事』に引用されている文の註釈のみにとどまらず、親鸞がここに関連すると考えた新たな文の註釈が全体の半数以上を占める。言い換えるならば、『一念多念分別事』から親鸞にとって必要な言葉を選び、不必要な言葉は捨てさり、新たな言葉を加えて隆寛とは異なる独自の解釈を展開しており、単なる逐語的な註釈書でないことが伺える。
執筆年代
以下に『一念多念文意』の真蹟本または書写本で年代が確認できるものを挙げる。
- 1257(康元2)年2月17日(85歳)
大谷派本願寺所蔵本(真蹟本) - 1307年(徳治2)年12月下旬第6
専修寺蔵・顕智上人書写本
その他、書写の年代がわからないが、1257(正嘉1)年に親鸞が自ら書写したもの(現存せず)をさらに書写したものもいくつか残っている。また、親鸞は『一念多念分別事』を少なくとも1255年までには手に入れている。これを最初の書写年だと仮定するならば、執筆年は1255年~1257年と推測できることになる。
構成と註釈された引用文
(1) 一念の証文
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「恒願一切臨終時 勝縁勝境悉現前」
出典 『往生礼讃』(善導)
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「諸有衆生 聞其名号 信心歓喜 乃至一念 至心回向 願生彼国 即得往生 住不退転」
出典 『仏説無量寿経』「第十八願文」
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「設我得仏 国中人天 不住定聚 必至滅度者 不取正覚」
出典 『仏説無量寿経』「第十一願文」
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「若我成仏 国中有情 若不決定 成等正覚 証大涅槃者 不取菩提」
出典 『無量寿如来会』「第十一願文」
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「其有衆生 生彼国者 皆悉住於 正定之聚 所以者何 彼仏国中 無諸邪聚 及不定聚」
出典 『仏説無量寿経』「第十一願成就文」
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「次如弥勒」
出典 『仏説無量寿経』「釈迦指勧」
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「経言〈若人但聞彼国土清浄安楽 剋念願生 亦得往生 即入正定聚〉此是国土名字為仏事 安可思議」
出典 『往生論註』(曇鸞)
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「念仏衆生便同弥勒」
出典 『龍舒浄土文』(王日休)
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「若念仏者 当知此人 是人中分陀利華」
出典 『仏説観無量寿経』
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「人中の上上華なり、好華なり、妙好華なり、希有華なり、最勝華なり」
出典 『観無量寿経疏』(善導)「散善義」(親鸞取意)
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「但有専念阿弥陀仏衆生 彼仏心光常照是人摂護不捨 総不論照摂余雑業行者 此亦是現生護念増上縁」
出典 『観念法門』(善導)
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「我亦在彼摂取之中 煩悩障眼雖不能見 大悲無倦常照我身」
出典 『往生要集』(源信)
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「其有得聞彼仏名号 歓喜踊躍乃至一念 当知此人為得大利 則是具足無上功徳」
出典 『仏説無量寿経』「付属の文」
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「其有衆生 生彼国者 皆悉住於 正定之聚 所以者何 彼仏国中 無諸邪聚 及不定聚」
出典 『仏説無量寿経』「第十一願成就文」(再引用 前掲 5.)
(2) 多念の証文
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「乃至十念」
出典 『仏説無量寿経』「第十八願文」
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「一日乃至七日」
出典 『仏説阿弥陀経』
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「設我得仏 十方世界 無量諸仏 不悉咨嗟 称我名者 不取正覚」
出典 『仏説無量寿経』「第十七願文」
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「一心専念」
出典 『観無量寿経疏』(善導)「散善義」
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「上尽一形」
出典 『法事讃』(善導)
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「如来所以 興出於世 欲拯群萌 恵以真実之利」
出典 『仏説無量寿経』
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「観仏本願力 遇無空過者 能令速満足 功徳大宝海」
出典 『浄土論』(天親)
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「致使凡夫念即生」
出典 『法事讃』(善導)
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「今信知弥陀本弘誓願 及称名号」
出典 『往生礼讃』(善導)「前序」
(3) 総結と後書き
ここでは改めて、「一念」「多念」に偏執して争うことがあってはならないと示している。
以上が『一念多念文意』の構成と註釈された引用文である。全体で23文を引用して註釈を施している。しかし『一念多念分別事』で引用された13文の内、『一念多念文意』では9文に註釈を施し、4文については触れていない。残りの14文は親鸞が新たに引用した文である。これらを手掛かりに隆寛とは異なる浄土真宗の教義として重要な「一念・多念」の解釈を展開していく。このことから『一念多念文意』が『一念多念分別事』の単なる註釈書ではないことがわかる。
次回以降、それぞれの解説をしていくこととする。
- ※1 隆寛(1148 - 1227)
- 浄土宗の僧侶。藤原資隆の子。はじめは天台宗に属したが、後に法然の弟子となり法然教団で指導的立場となった。『選択本願念仏集』の批判書『弾選択』(定照)に反論する『顕選択』を著した。これをきっかけに「嘉禄の法難」(1227年)が始まり、流罪となった。著書に『自力他力事』『一念多念分別事』など。浄土宗長楽寺流の祖。
参考文献
[2] 『浄土真宗辞典』(浄土真宗本願寺派総合研究所 本願寺出版社 2013年)
[3] 『浄土真宗聖典 -註釈版-』(本願寺出版社 1988年)
[4] 『聖典セミナー 一念多念文意』(内藤知康 本願寺出版社 2014年)
[5] 『一念多念文意講読』(深川宣暢 永田文昌堂 2012年)
[6] 『一念多念文意講讃』(本多弘之 法蔵館 2012年)
[7] 『浄土真宗聖典 一念多念証文(現代語版)』(本願寺出版社 2001年)
[8] 『浄土真宗聖典 顕浄土真実教行証文類(現代語版)』(本願寺出版社 2000年)