報恩のかたち

【ほうおんのかたち】

仏教ぶっきょうにおける報恩ほうおんとは、私を救うためにめぐみがほどこされたこと(仏恩ぶっとん)を知り、それにかなう仏道ぶつどうあゆむことであり、世間一般でいうところの「恩返し」とは意味がことなる。(仏教知識「報恩」参照)

2020年10月31日、多くの人びとにしまれながら、ある名物店長の中華料理店がその歴史にまくおろしたことが複数のメディアで報道された。この店長にどのような宗教観しゅうきょうかん信仰しんこうがあるのかは不明である。しかし、各メディアの報道からは店長の人生のあゆみに、報恩のかたちをうかがることができる。 

その店長とは、「餃子の王将」出町でまち店(京都市上京区)の井上定博いのうえさだひろ(70)さん。1995年から25年間、フランチャイズ店として出店してきたが、70歳という年齢を迎え、契約満了けいやくまんりょうとなった。彼が名物店長になった理由は、店の入り口にられた一枚の紙である。

めし代のない人
お腹いっぱいただで
食べさせてあげます。
但し仕送りが遅れているか
昨日から御飯を食べて
いない人に限ります。
食べる前に言ってね。
    学生さんに限ります。

これまでべ3万人、貧困ひんこんに苦しむ学生たちに食事しょくじ提供ていきょうをしてきた。2年前までは30分間の皿洗さらあらいをするという条件があったが、当局とうきょく衛生上えいせいじょう指導しどうもあり、それを機会きかいに条件をつけずに無料とした。この提供は出町店を経営するよりも前の1982年、餃子の王将の社員として別の店を任されていたころから始まり、その歴史は39年間に及ぶ。かつて皿洗いの条件をつけたのは、お金を払わないことに躊躇ちゅうちょしてもうることができない学生が、言い出しやすいようにとの配慮である。

「お腹がいっぱいになれば、明日は前を向いて生きていける。」が彼の口ぐせである。全国から多くの学生がつどうまちで、その中で彼が気にかけたのは、学ぶ機会きかいをあきらめようと下を向く貧しい学生であった。無料で提供された学生たちには、その後の生き方に大きな影響を受けたものも少なくない。かつて学生時代に食事を何度となく提供された町工場経営者(32)はこのように話す。

利益ばかりじゃなくて困っている人がいるなら助けてやろうと、そういった井上さんの思いが自分の仕事の中にいきづいている

(かんさい情報ネットten.2020年11月3日放送 読売テレビより)

さて、仏教の教えにかさね合わせて考えると、店長の願いは「お腹がいっぱいになること」ではなく、空腹をたした上で「明日に前を向いて生きていくこと」である。阿弥陀あみだ如来にょらいは私たちを浄土じょうど往生おうじょうさせるが願いはそこでは終わらない。浄土往生した上で「ぶつとしてはたらいてほしい」との願いである。

店長は、学生たちには「自分に余裕ができたら、同じようにお腹を空かしている人にごちそうをしてほしい」と語る。

無料で食べた人が そのときから困った人に手を差し伸べることをしてくれたら、オレのやっていることは、オレは報われる。それを繰り返すと順繰りになると思う。

(かんさい情報ネットten.2020年11月3日放送 読売テレビより)

これはまさに報恩のかたちである。

当然ではあるが、お腹がいっぱいになり元気になった身体で強盗をされても、店長には悲しいだけである。お世話になった学生たちにとって、店長になされたこととその由来ゆらいを知り、店長のこころにかなうことを続けていくことが報恩となる。

店長は20歳のころすでに結婚をしていたが、その日を食べるのにも困るほど生活は苦しかった。そんなときに、会社の同僚や先輩がやさしく声をかけてくれたという。「今晩、すき焼きするから食べにけーへんか」など、それらの一食一食いっしょくいっしょくが明日につながったという。つまり、彼が行う食事提供は、彼自身の報恩でもあった。仏教とは、恩を恵まれたものがやがて恩を恵むものへと歩む道でもある。報恩のかたちには連続性があるが、ここには「恵むもの」と「恵まれるもの」のていはない。

井上さんは契約上の理由で閉店はしたが、学生たちとのかかわりを続けていきたいと語る。そして食事提供をできる場として、もう一度飲食店を開くことが井上さんの新たな目標となっている。井上さんの報恩は終わらない。やがて彼のいのちがきたとしても、彼の意思を受け継いだ報恩が尽きることのないように願いたい。

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